マタイによる福音書27章32-56節「十字架への道」
2025年4月13日
牧師 武石晃正
教会暦は本日より受難週に入りました。私たちの救い主イエス・キリストが十字架にかかられるまでの1週間を覚え、主が受けられた苦しみと救いの恵みに思いを深めます。
本日は受難節第6主日にあたりマタイによる福音書を開き、まさに主イエスが十字架にかかられた場面を朗読いたしました。私たち罪人の身代わりとなって「ポンテオ・ピラトの下で苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ」たイエス・キリストを胸のうちに抱きつつ、「十字架への道」と題して主の十字架に従う道を求めてまいりましょう。
(引用は「聖書 新共同訳」を使用)
1.イエスの受難と十字架への道
ユダヤのベツレヘムで生まれガリラヤのナザレで育ったヨセフの子イエスはおよそ30歳で洗礼者ヨハネから洗礼を受けました。その一門として活動をした後、ヨハネが捕らえられるとガリラヤに退いて公生涯と呼ばれるご自身の宣教を始められました。
ガリラヤから始まった3年あまりの歩みはいよいよ最果てフィリポ・カイサリアから一気にユダヤの都エルサレムへと向かいます(20:17)。それは過越祭とも除酵祭とも呼ばれるユダヤの祭の時期であり、この祭はかつて主なる神がイスラエルを「エジプトの国、奴隷の家から導き出した」(出20:2)ことの記念でありました。
神の民でありながらローマ帝国すなわち異邦人の権力に支配されるという憂き目にあって、イスラエルの人々はエジプトやペリシテ人から救い出してくれたような強い指導者を求めていました。ですからナザレのイエスが旧約の預言者が語った有様で「雌ろばの子であるろばに乗って」(ゼカリヤ9:9)エルサレムへやってくると、群衆はまるで来るべき王を迎えるかのように「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように」(マタイ21:9)と口々に叫んで迎えたわけです。
明日にでも新しい指導者が誕生しかねないほどの勢いと雰囲気に当てられて、イエスの弟子たちもすっかりその気になってしまっていたことでしょう。あるいは飛ぶ鳥を落とす勢いでありましたから、居場所を売ったぐらいで王位が遠のくことはないと思った輩もいたほどです。
ところがイエスと弟子たちが過越の食事の後にオリーブ山へ出かけるや、真夜中にもかかわらずユダヤの指導者たちの手先が彼らを取り囲みました。「あなたは接吻で人の子を裏切るのか」(ルカ22:48)と主イエスはイスカリオテのユダによって売られてしまい、なんと弟子たちは蜘蛛の子を散らすように姿をくらませてしまったというのです。
大祭司カイアファのもとでユダヤの最高法院(サンヘドリン)が開かれ、主は明け方まで延々と尋問と暴行を受け続けました(26:57-68)。言葉とこぶしによる暴力を受け続けたばかりか、最も気の置けない仲間であった者に見捨てられるという惨めさと失意に見舞われました(26:69-75)。
夜が明けると主イエスの身柄はローマの総督であるポンテオ・ピラトのもとへと渡されました(27:2)。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」(2:2)が同国民の手を離れて神をも恐れぬ異邦人のもとへ渡されると、あれほど「ダビデの子」だの「主の名によって来られる方」だのと担いでいたはずの群衆は手のひらを返して「十字架につけろ」(27:22,23)と叫び続けたというのですから恐ろしいものです。
ナザレのイエスに罪を見出すことができなかったにもかかわらずポンテオ・ピラトは群衆に押し切られて刑の執行を決定しました。こうして「ユダヤ人の王」がローマの兵士たちへ引き渡され、さらなる暴力と侮辱を受けたのちに処刑場である「されこうべの場所」ゴルゴタへと引かれていったのです(27:32,33)。
2.十字架の道と神の救いの完成
十字架刑とは本来はローマ皇帝への反逆罪など非常に重い罪について見せしめとして行われる公開処刑でありました。受刑者は両手両足を太い釘で打ち付けられ、力が入らない状態で高く吊り上げられるのです。
ポンテオ・ピラトの直筆で記された罪状書きが掲げられ、それは異邦人の手によって「ユダヤ人の王」と書かれたものでした(ヨハネ19:19)。主イエスがお生まれになったときも神の民ではない者たちが「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」を拝みに来たことであり、この方がユダヤ人の王であり本当に神の子であったことこそマタイによる福音書における一貫した主題です。
主イエスの十字架に伴ってマタイは3人の人物を取り上げており、それは「シモンという名前のキレネ人」(32)と「一人は右にもう一人は左に」(38)十字架にかけられた強盗たちでした。お気づきの方もおいででしょうか、シモンは使徒の筆頭であるシモン・ペトロの代わりであり、かつて「わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に」(マルコ10:37)と願い出たのは同じくゼベダイの息子たちヤコブとヨハネでありました。
聖なる山で主イエスの栄光を見ることができた3人の使徒たちでさえ、自らの意思では十字架への道を歩むことができなかったのです。人の罪をゆるして命を与える救いのみわざは人の意思や意欲によってもたらされるのではなく、それを成し遂げるために「わたしの父によって定められた人々」が備えられておりました。
父なる神が私たちの背きと咎を御子に負わせたとは知る者はなく、人々はナザレのイエスについて「神の手にかかり、打たれたから/彼は苦しんでいるのだ」(イザヤ53:4)と思っておりました。ゆえに「神の子なら、自分を救ってみろ」(40)「他人は救ったのに、自分は救えない」(42)などと見物人から祭司長たちばかりか「一緒に十字架につけられた強盗たち」(40)までもが主イエスをののしったという次第です。
信仰生活を続ける中で「あなたがキリスト者であるなら信仰で解決したらどうか」とか「普段は神様だの礼拝だのと言っているのだから、祈って何とかできないのか」などと心無い言葉をかけられたことは一度や二度ではないでしょう。他人であればまだしも家族や親しい友人の口からこれらの言葉がこぼれた時には、たとえ信仰者であったとしても神もキリストもいないのではないかという気持ちになってしまうのです。
キリストが十字架の上で私たちの罪と咎を負ってくださっただけでなく、神の子でありながら父なる神に見捨てられるほどの思いを味わわれました。全地を覆う暗闇の中で主イエスは「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫びをもって祈られたのです(45,46)。
罪の世に生まれた私たちが信仰のゆえにののしられることや、祈りにこたえられないことがあっても不思議のないことです。しかし罪のない方が不当にも罪に定められ、御父からも見放されることがどれほどみじめで深い悲しみを伴うことかを十字架の上で肉体をもって味わってくださったのです。
さて、いよいよ時が満ち、主は大声で叫ばれると息を引き取られました (50)。その叫びはヨハネによる福音書において「成し遂げられた」(ヨハネ19:30)と記されており、旧約に示されてきた神の救いの計画が完成したことの宣言でありました。
「神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け」(51)たのは神と人とを隔てるものがもはや必要なくなったということです。地震によって墓穴をふさいでいた石が転がされたことにより、救い主メシアである御子キリストの命によって直ちに罪の代価が支払い済みとなったことが示されます。
驚くべき光景を目の当たりにして、異邦人すなわち神の民ではなかった人たちの口から「本当に、この人は神の子だった」との告白がなされました(54)。その一方で十字架のそばには使徒たちの姿はなく、かわりに当時の世界では弱い立場であった女性たちの姿がありました(55-56、「ヤコブとヨセフの母マリア」→13:55)。
思えば主イエスが捕らえられた時点で「弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」(26:56)のですから、福音書を記したマタイでさえこの場にいなかったことです。力のある者や知恵のある者などこの世で優れた人たちの手によらず、異邦人や弱い者たちの証しによって今もなおキリストの十字架の言葉が世界中で語り伝えられています。
<結び>
「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。」(コリント一1:21)
ある人たちはもしかすると死ぬ間際にでもキリストを信じて、あるいは悔い改めれば天国に入れると考えていることもあるでしょう。しかし主の弟子たちでさえ十字架はおろか主が捕らえられただけでも逃げ出したほどですから、普段より信仰とは程遠い歩みをしている人がとっさの時に主なる神により頼むことができるかどうか定かではないのです。
十字架を目の当たりにした者たちでさえ神に逆らいキリストを侮る者たちと、この方をまことに神の子であったと告白する者とに分かれました。「見ないのに信じる人は、幸いである」(ヨハネ20:23)とは主のお言葉ですから、今日あなたのためにキリストが十字架で死んでくださったと信じるなら神の前に救いを受けることができるのです。
イエス・キリストは私の罪の身代わりとなって死んでくださったばかりでなく、神に従い続ける者が受けるあらゆる苦しみを背負ってくださいました。人の子として生まれて死にまで従った方が私たちの救い主となられたのですから、十字架への道を生涯かけて私たちはキリストとともに歩むのです。
「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。」(コリント一1:18)