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マタイによる福音書5章13-16節「自分の信仰を達成する」

 2025年6月29日 牧師 武石晃正  新聞その他の報道にてお聞き及びの方もおられることと存じますが、気象台より中国地方が梅雨明けしたとの発表がありました。随分と早いものだと驚いておりましたところ、6月中の梅雨明けは中国地方でも観測史上初とのことです。  じめじめと長く続く雨は洗濯物が乾きにくいなど不都合を感じるものですが、生活用水や農作物のためにも梅雨は大切な季節です。梅雨が明けたら明けたで日照り続きでは困るとしても、夏は夏らしい十分な日差しがあるので豊かな実りが期待できることでしょう。  梅雨の晴れ間があるように信仰生活においても降る日もあれば照る日もあるわけですが、信仰者はきのうも今日も永遠に変わることのないイエス・キリストに似た者となることを知っています。本日はマタイによる福音書を中心に「自分の信仰を達成する」と題してキリストの救いに迫りましょう。 PDF版はこちら

マタイによる福音書3章1-6節「天の国は近づいた」

 2025年6月22日 牧師 武石晃正  第二次世界大戦中の日本において教会が解散を強制され、多くの個人・家族・教会が苦しみを受けた「ホーリネス弾圧事件」は1942年6月26日に起こりました。これはホーリネス系の教会に対して治安維持法違反による一斉検挙が行われた日です。  教師たちは逮捕され、文部省より命令を受けた日本基督教団からの強要により、ホーリネス系教会の教師は「自発的に」辞任願を提出したのです。米子教会が属しておりますホーリネスの群では信教の自由と政教分離の大切さを覚え、毎年この時期に弾圧記念聖会を行います(今年は本日6/22午後)。  支配者からの弾圧は日本のホーリネス系の教会だけが受けたのではなく、旧約の預言者たちから新約では洗礼者ヨハネまでもが殉教しています。救い主であるイエス・キリストは迫害と弾圧の中で私たち罪人の身代わりとなって十字架にかかられました。  死んで葬られ3日目に死人のうちよりよみがえられたキリストは弟子たちが見ている前で天に昇り、全能の父なる神の右に座しておられます。この方が再び世に来られることを覚えつつ、本日はマタイによる福音書を開き「天の国は近づいた」と題して救いの恵みを味わい知りましょう。 PDF版はこちら

マタイによる福音書11章25-30節「神の豊かな恵み」

 2025年6月15日 牧師 武石晃正    米子教会が加入しておりますホーリネスの群では毎年6月を「四重の福音強調月間」と定め、新生・聖化・神癒・再臨の特色教理を覚えるところであります。2025年度は4月のホーリネスの群年会において「四重の福音栞」が伝道部より配布され、枚数に限りはありましたが当教会でも受付の机上にて配られました。  日本においては中田重治監督がホーリネスの信仰として「新生・聖化・神癒・再臨」といたしましたが、もともとは19世紀から20世紀初頭の米国で長老派の牧師であったA.B.シンプソンが提唱したものであります。聖歌520番はシンプソン牧師の作詞であり、イエス・キリストについて「救い主」「きよめ主」「癒し主」「再臨の王」の4つの側面を明らかにして福音を歌い継いでいます。  全き神でありながら全き人として世にお生まれになったキリストがどなたであるのかを「四重の福音」を通して学び、思いめぐらせることができます。その一方で本日はマタイによる福音書を開き「神の豊かな恵み」と題して私たちの主イエス・キリストの恵みを受け取りましょう。 PDFはこちら

使徒言行録2章1−11節「聖霊の賜物」

 2025年6月8日 牧師 武石晃正  本日は聖霊降臨節第1主日、教会の誕生日とも言われるペンテコステでございます。私たちは主の降誕を祝うクリスマスや復活を祝うイースターにおいて「おめでとうございます」と挨拶をするのであれば、聖霊降臨節においても「ペンテコステおめでとうございます」と祝うのもよろしいでしょう。  ペンテコステが教会の誕生日であると聖書にはっきりと定義されているわけではないとしても、天に昇られた主イエスが約束どおり弟子たちへ聖霊を降されたことで神の国は地の上で新しい時代に入りました。五旬祭の日に神の霊に満たされた弟子たちが「“霊”が語らせるまま」に教会の産声を上げたことでありました。  聖霊によって主はおとめマリヤに宿られ地にお生まれになったように、聖霊によってキリストの体である教会が生まれました。本日は使徒言行録を開き、「聖霊の賜物」と題して読み説いてまいりましょう。 PDFはこちら

ルカによる福音書24章44-53節「キリストの昇天」

 2025年6月1日 牧師 武石晃正  先週は東中国教区の定期総会が行われ、教会の頭であるキリストの名もとで数々の審議が行われました。総会議長と副議長、常任委員を選出する選挙も行われ、すべての議事が聖霊の導きによって進められたことを覚えます。  教区でありましても各個教会でありましても、キリストによって互いに補い合うことによって組み合わされ結び合わされています。天におられる唯一である方を仰ぐなら、私たちは互いに違いがあっても一つの方向へと歩むことができるのでしょう。  日々の歩みにおいては困難や煩いに取り囲まれると「わたしの助けはどこから来るのか」(詩121:1)と叫びたくなることもあります。救い主がどこにおられるのか、本日はルカによる福音書を開き「キリストの昇天」と題して思いめぐらせて参りましょう。 PDFはこちら

マタイによる福音書6章1-15節「祈るときにも」

 2025年5月25日 牧師 武石晃正  4月に着任して2か月が経とうとしております。もう2か月も経ったのかと驚きつつも、役員をはじめとして礼拝者の皆さんが親身に受け入れてくださったことで2か月とは思えないほど様々に関りをもたせていただいております。        引っ越し荷物を運びにまいりました3月上旬から比べますと朝夕の明るい時間がとても長くなりました。朝ごとに礼拝堂の戸を開けて十字架の前で祈るにも、頬で日差しを感じると主が触れてくださっているような嬉しい気持ちがいたします。  平日の祈祷会は出席者も増し加えられつつあり、日々に神の御前で祈ることが赦されている恵みを主に感謝いたします。本日はマタイによる福音書を開き「祈るときにも」と題して御言葉に整えられてまいりましょう。 PDF版はこちら

ヨハネによる福音書14章1-11節「神の内にいること」

 2025年5月18日 牧師 武石晃正  米子市内でも蒸し暑さを感じる今日この頃、5月も中旬を折り返したところでございます。今月末には米子空港に新たな国際線の定期便が就航すると聞いております。  最寄りの東アジアに限られますが世界がまた少し近くなったように感じるところです。米子教会で国際交流が行われるようになる日も遠からずというところでありましょうか。  外国の方を迎えるにしても私たちが海外へ出かけるにしても、言葉や物腰によって国柄が知れるところです。またどの国へ行こうと、どれほど現地の言葉が上達しようと、国籍や市民権というものは本国にあるものです。  「しかし、わたしたちの本国は天にあります」(フィリピ3:20)とは使徒パウロの言葉です。帰るべき国、帰るべき家が天にあることを覚えつつ、本日はヨハネによる福音書より「神の内にいること」と題して御言葉に思いを深めましょう。 PDF版はこちら